天正12年(1584)、佐々成政が遠州浜松の徳川家康と盟約を結ぶべく、雪中『さらさら越え』をしたことは有名ですが、この地方では立山越えの際のルートは、この地であったと信じられています。

この時、積雪のため軍用金をこの高島に埋め、覚えとしてこの大石を目印に決めたといわれています。

この地域の人はこの石を「覚石」と呼んで見守っています。
(剱いおりの郷から 1㎞)