大伴家持は、日本最初の和歌集である『万葉集』の撰者で、古代を代表する歌人として越中国司として有名です。

天正20年(748)の春、伏木の国府から馬で早月川を渡った時の詠みです。

 

“立山の 雪し来(く)らしも 延槻(はいつき)の 河の渡り瀬 鐙(あぶみ)浸(つ)かすも”

 

この延槻河は今の早月川で、文献上の一番古い記録となります。

立山の雪解けのために水量が増している情景と、馬上豊かに颯爽とした若き貴公子の姿を詠んだ一幅の名画のようなこの歌は、富山が生んだ国学者・山田考雄(やまだ よしお)博士の筆で万葉仮名のまま彫り込んであります。